子供たち3人がみんな結婚し、父とは母は16~17年前に長崎市を引っ越して島に帰っていきました。
祖父君神社の後ろの田んぼを埋めて、平屋の家を建てました。
父は新しく買ったボートで毎日釣りに出かけ、母は毎日庭で花木を作っていました。
孫のためにとボートにはトイレもついていましたが、孫たちは一度で船酔いして、二度とボートには乗りませんでした。いつも帰郷した弟が父の釣りに付き合っていました。
母が亡くなってから、庭の花も寂しくなりましたが、今では父が花の世話をしています。
「お母ちゃんのようにはうまくつくれんなあ・・・」とつぶやいています。
父の家の設計条件は平屋であること、40坪未満であることの二つでした。
アイ○○ホームで父が設計を進めていたものを村長が取り上げて、設計し直しました。
だって、父の設計では母の家事室が家の真ん中の陽の当たらない場所だったものですから・・・
玄関ポーチには今年買った耕耘機が置いてありました。
また何か企んでいるのでしょう。
雑草もみんなひっくるめて、ジャーッと草刈機で庭の芝を刈るのも父の運動です。
庭の東の畑には例年サツマイモを植えていますが、今年は半分だけでした。
父の作るサツマイモは時々ワークスでもおすそ分けしますが、とても人気です。
平面は東に寝室があって、真ん中に8畳の和室と、西側にリビングがあります。
寝室の北側に父の書斎があって、ダイニングに畳敷きの母の家事室があります。
西側のリビングには寒がりの父のために暖炉が備えてあります。
時々村長も薪割りをしますが、なかなか様になりません。
ぶどう棚の下が車庫になっていて、何故だか今年は新車のプリウスがおいてありました。
83歳の高齢者によく新車を売りつけたものだと親戚が笑っていますが、父はTOYOTA車の最新装備を操作して嬉しそうです。 父は道具フェチなのです。
庭の南側は祖父君神社の大きな木立が繁っています。
何時だったか神社の木が越境していると怒って、父は大きな楠の枝をクレーン車を入れて切り落としていました。
母が亡くなって1年ほど元気がなかった父も随分元気になりました。